「なに?」

「おまえが“なに?”だよ」

「なにもしてない」

「じゃなくて。 顔」

「顔?」





はなみずくらい拭いて来いよ。 長浜はそう言うと、すごく怖い顔して、ポケットティッシュをくれた。 透明なビニールと白い無地のティッシュの間に、金融会社の広告が入ってて、これ、朝、駅でもらったの?と聞くと、そうだよ、と短い返事が返ってきた。






そ の 心 が つ め た い で す .

























「拭いた、ありがとう」

「やるよ、それ、持っとけ」

「え、いい、いらない」

「持っとけって。 ぜってー必要んなる、授業中」





右手を伸ばして、長浜にティッシュを突き出す。 こいつ、ふりかえろうともしない。 なんだ。 そんなにあたしの面倒を見るのが嫌ですか。





「戸田、やっぱダメだったろ」

「やっぱってなに、知ってたの」

「ああゆうヤツなんだろうよ」

「・・・・・・でもすきだった」





別に。否定なんかするつもりねーけど。 そうて長浜はするりと会話を冷ますけど、でも、知ってたんなら。 やっぱなんて言えたんなら。 止めてほしかったな。 今こうやって、昨日までの戸田と長浜の背中をうらめしく思う自分は、本当にみじめでみっともない。





「まあな、男なんて他にもいるだろ、いっぱい」

「そうゆうださいマンガみたいなこと言わないで」

「なぐさめてやってんだよ」

「・・・でも戸田がよかったんだ」

「知ってる」

「あんな必死になれたのって、すごい久しぶりだったんだ」

「知ってるって」

「・・・・・・戸田、が、よかった なぁ・・・」





ほら、ティッシュ、今やったろ、顔拭けよ。 ぐしぐしと、はなを鳴らして泣いたら、やっと長浜はふりむいた。 もういいから、な?泣いてんなよ。 するり、するりと、すごく器用にあたしをなだめる長浜の声は、これだけは長浜にしかないものだなぁ、と、すごく嬉しかったけど。 今のあたしには戸田が必要なんだ。 這いつくばったら、どうにかなったのかも。





「帰るか? 家」

「だめ、お母さんが怪しむ」

「でもおまえ、どうせ学校行っても泣くだろ」

「うん」

「開き直んな。 家だめだったら、保健室とか、部室とか、あんだろ」

「・・・・・・寒いとこがいい」

「知らねーけど。 おとなしくしとけよ」





手の甲と、指と、指の間。 涙でびちょびちょになって、余計にみじめな気がしてくる。 長浜はあたしの背中に手をあてがって、ときどき、あやすようにぽんぽんと軽く叩いて見たり、ぎゅうと力を入れて自分の方へ引き寄せたりもした。 戸田。 あたしには、今そばにいる長浜よりも、昨日あたしのために苦笑いをした君の方があたたかいよ。






「戸田じゃダメだったけど、俺なら、おまえのこと、全部わかってやれるんだよ」





結局、長浜はそれが言いたかっただけなんだろうな。 唇とのどが乾いてきもちわるい。 何も言ってないのに、長浜が、あとでポカリ買ってってやるよ、と言ったのには少し驚いた





「ありがとう」





そうあたしが言うと、長浜は少し嬉しそうに笑って、別に。おまえのためになるんならいーんだよ、と。 少し大きめの声で言った。 でも、ね、見て、やっぱり。 愛は叫んだ方の負け。 悔しいからあたしはなにも答えないよ。 服の袖を引っ張って涙を拭ったら、あたしの心はひどく狭くて冷たいんじゃないかと思って、泣けた。












太陽の当たらないひと   お わ る