いまのあたしに水分があるとしたらここだけだ。
心臓はもうカラカラで、それ以上にのどは干乾びてて、涙だけがみっともないくらい早く速く流れて止まらない。

口をあけたまま上を向くとそれはもうひどく綺麗なキレイな星だちだったそうです。取り返しのつかない失態


「たかが猫じゃんか」

そう言ってあたしの背後に立つ啓吾の血はきっともっと乾いて乾いて仕方がないに違いない。

「おに、あくま、『たかが』とか、言わないでよ」

クロが死んだ。
黒くて細い猫で、まっすぐにしっぽをたてて凛としたその艶やかな体で歩く猫のクロが死んだ。
黒い猫だからクロだよ
と、あたしが言うと啓吾は『そんな安易でありきたりな名前』と言ってばかにした。
でもクロほどこの名前が似合う黒い猫は見たことがなかったのだ。
じゃあ啓吾だったらどんな名前にするの
そう聞くと、『・・・クロ』とも、小さい声で啓吾は言った。

「クロ、ちゃんとてんごくに行けるかな」
「さあなー」
「・・・なんでそんな冷たいの、啓吾」
「だってこいつ、そんなあったかそうな場所、すきじゃなさそうじゃんか」

『黒は熱を集めるから、天国は暑すぎるだろうよ』
そう言う啓吾は、なんだか、あたしよりもクロのことを知っているようで少しあたしは寂しかった。

「ばいばい、クロ」

しんだ黒猫の体を撫でるなんて不潔だと思われるかもしれないけれど、クロはそれはもうひどく綺麗だった。
せめて、せめてクロが人の手にかかって死ななかったことだけが、あたしたちに与えられた最後の幸運。
今度生まれてきたら、金色の鈴、つけてあげるからね
あたしが言うと、『きっとコイツは何回生まれ変わっても野良のままおまえを探し続けるんじゃねーの』と言って啓吾もそのまましゃべらなくなった。
クロのからだはいつまでもまっくろになまめいていまにも吸いこまれて行きそうだった、わたしたちが。