不具合が生じた

「世界は俺に味方してんだよ」 そう言った荒木は、 「そんなばかな」 みたいな顔をしてこう言った。





「そんなばかな」










   ... 延 長 線  の マ リ ア ..





地面に叩きつけられる雨の音と、ひどく耳障りな喧騒にまみれたこの世界に、私たちは産み落とされた。
なんて。
気取ったことを言う度にして、荒木は、冷たい目をしてあたしに言う。





「バカだろ、おまえ」





冷こい視線が似合わなくて、目が合った瞬間に笑うと、荒木は、なんだよー、と不貞腐れて口を尖らす。





「なんだよー」
「バカ、てゆうかバカ」
「それ、俺のセリフだしな」
「バカだろー、おまえー」
「うるさいなー」





制服のシャツの、裾を引っ張って言う。 荒木が。 ばかだってことは、とうに知っている。 今日も雨だねー、とあたしがつぶやくと、あたしたちの視線の先にいた女の子は、まとわりつく湿気とスカートをはたはたと揺らしながら、可愛らしい傘を開いて昇降口を出た。





「だって、前野さんは絶対俺にホレてんだと思ってた」
「でも沖田と一緒に帰ってるよ」
「だって、俺が部活やってるときとか、すごい俺のこと見てたんだ」
「でも沖田を見てたんでしょ」
「だって、昼休みにたまにお菓子くれたりもしたんだ」
「でも沖田だってもらってたじゃん」
「だって、だから俺前野さんのことすきだったのに」
「でもおきた」
「うるさいなー」





土砂降る雨の中でも浮き上がる可愛らしい傘の横には、それよりも幾分か大きな黒っぽい色の傘があって、あれ知ってる、沖田のだ、とあたしが言うと、荒木は 「そんなばかな」 だった。





「こんなはずじゃなかったのにー!」
「世界は俺様の味方じゃなかったんですか」
「おれさまとか、言ってねーよー」
「あたしは味方だよー!? 荒木の!」
「うーわー、ちょういらねー」
「ちょうとか言うなよ、そんでゆくゆくはお嫁さんに昇格するんだから」
「うーわーわー! ニッポンの未来、危ういなー」
「テレレレッテレーン!」
「レベルアップかよー、ポケモンかよー、俺の人生もっと危ういよー」





ばざん! 何ヶ月か前に買って、それ以来ずっと使っているお気に入りの傘。 なんたってこれ、ビニール傘なのに、ジャンプ式なんだよ、と言って荒木を見ると、わー、超いらねーし可愛くねー、と言って返された。 あたしの傘は、ビニールだし、色ないし、小さいし。 それでもボタン一つで開くし、何より傘の中から荒木を見上げられるんだよ? 聞くと、そうなー、と、適当な返事で済まされた。





「もうおれ、帰りたくねーよー」
「なにいってんの、今日はクイズ・ヘキサゴンの日だよ」
「(正直どうだっていい・・・)」
「あと、トリビアも見なきゃ!」
「帰りたくねーえーよー」
「今日のばんごはん、肉食わしてもらいなよ、肉」
「サユ、傘入れて」
「ビニールだよ」
「いいよ、入れて、俺が持つから」





でも、ジャンプだし可愛くないよ。 あたしが素っ気無く返すと、荒木は、濡れないようにもっとこっち寄れよ、と言ってあたしの手を掴んだ。 荒木、痛いよ。 あたしが言うと、荒木は、ごめん、と小さくつぶやいて、さらに強く手を握った。





「サユは俺の味方だもんな」





はやく雨、やんだらいいね。 あたしが言うと荒木は、いいよ別に、傘あるし、と言って、少しゆっくり歩き出した。